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第36便 4つのミッション 東京~宮城~岩手

復興
復興

概要

実施日 :8月11日~12日
場 所 :宮城県名取市、気仙沼市・岩手県大船渡市、陸前高田市、北上市
内 容 :被災遺児・孤児支援事業「夢のつばさプロジェクト」への協力
岩手復興支援イベント 「大船to大船渡」への協力
釜石市支援事業の現地調整
2012年復興支援計画の打ち合わせ

協力者 :大船渡市
大船渡市長
大船渡観光物産協会
東海新報社

参加者 :湯澤大地

<4つのミッション>

第36便は以下の4つのミッションを持って、岩手県・宮城県を訪問することを目的とした。

1、夢のつばさプロジェクト合宿(第25便参照)(第35便参照)に参加した子供たちを、宮
城県名取市まで送り届ける
2、東京の任意団体から依頼を受け、釜石市での夏祭り(8/27)開催についての現地調整
3、2012年度の復興支援計画打ち合わせ
4、岩手県復興支援イベント「大船 to 大船渡」(第31便参照)での寄付金を大船渡市長
に直接手渡す

今回の東北行きには幾つかの偶然があり、また、時間と費用の効率化の意味も含め複数の目的を持って被災地入りすることになった。1泊2日で4つの目的だったので少々厳しめのスケジューリングとなったが、皆さまのご協力のお陰で滞りなく目的を果たすことが出来た。日程調整にご協力頂いた関係者のご厚意に感謝申し上げる。

<ミッション1 「宮城県名取市へ」>

8月9日~11日まで、東京都青梅市で「夢のつばさプロジェクト」の合宿が開催された(第35便参照)。NPO法人てらこやネットワークは、この事業に協力(第25便参照)し、私も参加させて頂いた。事業内容の詳細は報告書に譲るが、今回の私の大きな役目は学生と共に2泊3日の合宿に参加した子供たちを宮城県名取市まで送り届ける事だった。

8月11日、東京都青梅市にあるブリジストンの保養所 奥多摩園での合宿は無事に終了し、子供たちは16時過ぎ東京発の東北新幹線に乗車予定だった。しかし、子供たちの乗っていた八高線が落雷の為、運転を見合わせスケジュールは乱れ始めた。予定の新幹線には間に合わないことが判明し、対応をしなければならない状況となった。私は念の為に子供たちに先行し1時間前に東京駅に入っていたので、新幹線乗車券の変更、自由席の確保、再スケジューリングの調整等をし、40分ほどの遅れとなったが無事に新幹線に乗車することが出来た。当日の新幹線はUターンラッシュで大変混雑し強烈な暑さで、乗車時には私のシャツの色が変わっていた。
帰路、車中での子供たちは、学生とシリトリをしたり合宿の思い出話をしたしりして、眠る子供はいなかった。私は一つ後ろの席に座り、その様子を見つつ岩手県での打ち合わせ準備をした。

19時過ぎに名取駅に無事到着し、子供たちをお引き渡しした。保護者の皆さまにも大変喜んで頂き、涙を流す学生もいて私も素晴らしいプロジェクトに関わることが出来て良かったと感じた。このような機会を頂いた室伏先生を始めとする滝澤先生、奥園さん、白井さん、学生さんたち、関係者の皆さまに感謝申し上げたい。
そして、子供たちを引き渡した後、学生たちはそのまま東京へとんぼ返りした。私は岩手でのミッションがあり、岩手からの迎えを待つ予定だったので一人で残り、学生たちとは名取駅でお別れとなった。

一つ目のミッションが無事終了した。

「宮城県名取市から岩手県北上市へ」

現在、2012年の復興支援の計画を立案し始めている。一緒に復興支援をしてきた東北の友人たちが2012年度の社団法人 北上青年会議所、社団法人 花巻青年会議所の理事長、岩手ブロック協議会 復興支援担当副会長に就任する予定となった。このことを奇貨として被災した岩手沿岸部に近い、北上市・花巻市を中心に継続性を担保した支援の仕組みを創ろうと考えている。その他にも岩手県から複数のオファーが有り、これらの機会を繋げることにより、実効的な支援を実現できると考えている。前置きが長くなったが、上記のことを現地の友人たちと打ち合わせする時間が必要だった。メールや電話でも話は出来るが、やはり直接会って話したいと考えていたところに、私が宮城県から岩手県へ移動することを知った友人から、車中で打ち合わせが出来るので岩手県から名取まで車で迎えに来てくれるとの連絡を頂いた。
御言葉に甘え気軽に迎えに来て頂くことにしてしまったが、花巻から名取まで往復300km以上もあった。いつものことながら申訳ないと感じている。しかし、およそ2時間の車中で様々な打ち合わせが出来た。被災地の子供たちの学習支援を軸にした仕組みを創ることが出来るかもしれない。

ミッション2・3「釜石での支援の打ち合わせ」

岩手県北上市には22時位に到着し、既に北上の友人は待っていてくれた。早速、遅い夕食をとりながら打ち合わせをはじめた。内容は8月27日に釜石市で夏祭りをしたいという東京の任意団体からの依頼についてだった。詳細についてはまた別な機会に譲るが、依頼を頂いた団体は新しいセクターの団体なので今後の関係に期待したい。そして0時過ぎまで東北の友人たちと久闊を叙した後、宿まで送って頂きミッション2・3は終了した。東北の友人たちには、いつも温かく迎えて頂き感謝しきれない。

ミッション4 「大船渡へ」

翌8月12日、「大船to 大船渡」の寄付金を届けるため、大船渡市役所へ向かった。
鎌倉市長と大船to大船渡実行委員会の方々と、午前9時に水沢江刺駅で待ち合わせた。北上と水沢江刺の電車の連絡が悪いため、北上駅までお迎えを手配して頂いた。いつも迎えに来て頂いてばかりで恐縮している。果して水沢江刺で皆様と合流し出発した。
大船渡では「大船to大船渡」で鎌倉に来て頂いた、大船渡観光物産協会 新沼事務局長 がお出迎え下さった。大船渡市長と面談では、大船渡市の現況や震災当時の話などを伺い、岩手県復興支援イベント「大船to大船渡」(第31便参照)の寄付金や市民の方々からお預かりした絵やメッセージ、鎌倉彫などを直接手渡すことが出来た。お忙しい時間を割いて下さった大船渡市長を始めとする皆様に改めて感謝申し上げたい。そして大船渡の方々から、大船で秋刀魚祭りを行わないかとのご提案も頂いた。今後、実現に向けて行動しようと考えている。

大船渡市長と面談後、地元新聞社 東海新報社さんも合流し昼食を頂いた。地元の刺身の美味しいお店にご案内頂いた。被災した沿岸地域の飲食店はどこも混雑しているとのことだった。被災を逃れ残った店は総じて売上げが急増している状況は、他の地域と同様だった。
昼食後、東海新報社社長のご案内で、大船渡・陸前高田を視察した。4月12日にも同じ場所を訪れたが、釜石や石巻ほどの大きな変化は無いように感じた。しかし、地元メディアの方の持つ情報は精度が高く、大変勉強になった。頂いた情報は今後の活動に活かしたいと考えている。
陸前高田で東海新報社さんの方々と別れ、私たちは気仙沼へ向かった。気仙沼は4月に訪れた時より大きく変わっていた。被災地域によって立地条件に違いがあったり、いろいろな制約があったり、瓦礫撤去の進捗にも地域差が出始めていることを再認識した。そして気仙沼を視察後、帰途につき、4つのミッションが終了した。

 

「協働するということ」

今回、私が関わらせて頂いた4つのミッションに関係する団体は、全て別の独立した組織だ。しかし、てらこやネットワークによって各団体が繋がり、協働が始まりつつある。私は各団体の長所を重ねることによって、さらに実効的な支援が実現できると確信している。実際にミッション3の団体と岩手県の団体は繋がりを持ち始め、各団体が持つ様々と「特性」と幾つのもの「善意」が具現化し始めている。また、ミッション1とミッション4の関係も今後、強くなっていくと予測している。
夢のつばさプロジェクト、大船to大船渡、釜石支援・・・各セクターの方々とのつながりは、全て個人的な紹介から始まっている。東京や神奈川で、何らかの形で被災地支援をしたいと考えておられる方は多い。被災地と繋がる小さなキッカケを創るだけで、支援の環が拡がっていく。そして、今後も継続性を担保した支援を心がけたいと考えている。末筆となるが、関係者の皆様に御礼を申し上げ36便報告書とする。

関係者の皆さま、ご協力ありがとうございました。

2011年8月30日
湯澤 大地