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第25便 岩手県庁・釜石市役所訪問・打ち合わせ

復興
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【概要】

実施日 :6月21日
場 所 :岩手県盛岡市・釜石市
内 容 :「夢のつばさプロジェクト」の打ち合わせ
岩手県庁・釜石市役所訪問
協力者 :岩手県教育委員会
教育次長・学校教育室長 佐々木修一様
教育次長・教育企画室長 高橋 嘉行様
教育企画室企画課長   石川 義晃様
釜石副市長 佐々木重雄様
釜石市教育委員会教育次長 久喜 眞 様
総務学事課 村井 大司様
五十嵐様・桜蔭会岩手県支部の皆様・赤沼範高様
参加者 :室伏きみ子 滝澤公子 湯澤大地

「夢のつばさプロジェクト」

第25便は、てらこやネットワークが協力している「夢のつばさプロジェクト」の開始にあたり、お茶の水大学教授 室伏きみ子氏と滝澤公子氏の、岩手県での打ち合わせに同行した。同プロジェクトは室伏氏が中心となって立ち上げた、お茶の水大学発の震災孤児・遺児への支援事業となる(*1)。室伏先生は株式会社 ブリヂストンの社外取締役も務められていて、このプロジェクトにはブリヂストンの協力も得られることになっている。そして、その第1回事業として8月に震災遺児・孤児の子供たちを招いての合宿を予定している。今回の岩手行は中長期的にはプロジェクトの基盤作り、短期的には8月合宿の実現に向けて岩手県との調整を行うことを目的としていた。

(*1) 夢のつばさプロジェクト
東日本大震災が原因で保護者が亡くなられた子供たちを長期にわたって支援する新たなプロジェクト。代表 室伏きみ子(お茶の水女子大学大学院教授、日本学術学会会員、NPO法人お茶の水学術事業会理事、NPO法人遺伝カウンセリング・ジャパン副理事長)
夢のつばさ プロジェクト事務局:お茶の水学術事業会内 080-1130‐4567

「岩手県庁へ」

6月21日、私たちは、7時56分東京発の東北新幹線はやて119号に乗車、岩手県盛岡市に向かった。私は鎌倉から東京へ向かうので、7時40分に先生方と東京駅で待ち合わせをしていた。しかし早朝から東海道線が運転を見合わせていた上に、横須賀線にも遅れが出ていてギリギリの乗車になった。そして盛岡への3時間と少しの間、室伏・滝澤両先生と本日の打ち合わせや今後の方針について話しながら、東北への旅が始まった。

11時過ぎに盛岡駅に到着。現地では桜蔭会 岩手支部(*2)の方々がお出迎え下さり、ご挨拶は省略し直ぐに岩手県庁に向かった。岩手県庁での面談時間は30分程度の予定だったが、少し時間をオーバーしてしまった。
岩手県教育委員会の方々との面談は予想以上の結果だった。桜蔭会 岩手支部の方々の事前調整のおかげと推察するが、既にこちらの信頼性は担保されていて必要な資料も用意されていた。当然、打ち合わせの展開も早く、8月の合宿事業に対して、岩手県の協力について快諾頂いた。以下、岩手県の状況。

岩手県では震災遺児が472名。孤児が82名、内、身寄りのない孤児が1名、また、片方の親を亡くした遺児が390名。(孤児の状況については5月31日現在。遺児の状況については4月現在)。何らかの理由(離婚等)で単身世帯の親が亡くなり孤児になったケースも多く、両親共に亡くなり孤児になったケースもある。
岩手県は上記すべての子供たちの現況を把握しており、ほとんどの子供に里親が見つかりつつある。しかし、祖父母が里親になるケース多く、保護者の高齢化が将来の問題となると予測している。やはり中長期の支援が必要という認識で一致した。

(*2) 社団法人 桜蔭会(おういんかい)
お茶の水女子大学・旧東京女子高等師範学校までの前身校並びに付属教員養成所の卒業生の同窓会。

桜蔭会の方々と

岩手県庁に到着。自衛隊の方々常駐している。

県庁での40分ほどの打ち合わせの後、桜蔭会 岩手支部の皆さまと昼食を御一緒させて頂いた。1時間ほど昼食を頂きながら、室伏先生・滝澤先生と桜蔭会の方々は久闊を叙され、桜蔭会岩手支部のプロジェクトへの全面的な協力のお約束も頂いた。その後、皆さまに盛岡駅までお見送り頂き、次の目的地 釜石市へ向かうため、14時07分盛岡発の東北新幹線に乗車した。

「釜石へ」

新花巻駅で新幹線を下車。駅には既に私の友人、赤沼氏が車で待機していてくれた。新花巻駅から釜石市役所まで1時間40分ほどで到着。釜石市での面談時間は40分ほどしかないと事前にお知らせしてあったので、先方は副市長以下、教育委員会の方々や担当者の方が既に待機してくれていた。果して、名刺交換もそこそこに直ぐに打ち合わせに入ることが出来た。釜石市役所には赤沼氏の知人が勤務していて、彼の事前調整のおかげで岩手県庁での時と同様に、私たちの信頼性は既に担保されていた。また、私も釜石市には6回ほど復興支援に入っていて、5月13日には釜石市長と鎌倉市長の面談(第13便参照)のセッティングもさせて頂いた事もあり、話はとてもスムーズに進んだ。そして、釜石市、釜石市教育委員会も当プロジェクトへご協力頂ける事になった。以下 釜石市の状況。

釜石市の津波被害にあった学校には全国から支援の声が多く届いている。大阪府が被災したある学校の修学旅行を一括で招待したり、今治市などその他の自治体や遠くはロシアからも招待の申し出が来ている。それらのオファーはすべて津波被害のあった学校に限定されているケースが多く、内陸部の学校との不公平を危惧している。釜石市の小中学校の子供たちについては、今夏にこなしきれないほどの招待の申し出があり、来年以降の継続的・平均的な支援を望んでいる。
釜石市では両親が亡くなったケースが1名、片方の親が亡くなったケースが37名。そして被災児童が釜石市から転出するケースが増えてきているとのことだった。

釜石市役所にて、これから打ち合わせ

釜石市役所にて。佐々木副市長と市役所方々と

 

「復旧から復興へ」

面談後、釜石市沿岸部を少しだけ視察し帰路についた。毎回、釜石入りする度に感じるのだが、初めて釜石に入った時に見た風景とは大きく変化しつつある。瓦礫の量は目に見えて減っていて、現地の復興の向けての努力には頭が下がる思いだ。しかし、「復興」という熱気は感じられず未だ「復旧」段階にあるのだと感じた。今後は、経済的・精神的な「復興」が必要になるのだろう。政治の力を発揮するのはこれからでも遅くは無い。

東北新幹線 新花巻発 東京行きは19時24分が最終電車となる。第13便の時は、この最終新幹線に乗り遅れ、少々大変な目にあった。実は今回の旅で一番不安だったのは、この「最終新幹線に間に合うか」だった。上記のように、余裕のないスケジュールを組んでいたので、どこかに遅れが出るとまた13便の二の舞になる。途中、釜石市内で渋滞に会ったが、今回は少し余裕を持って新花巻駅に到着した。赤沼氏に感謝。そして無事に最終新幹線に乗車し、帰路についた。
室伏先生も滝澤先生もお疲れだったと思うが、帰りも様々な話をしながらも細やかなお気遣いも頂き、恐縮しきりだった。東京駅には23時着、東京駅で室伏先生、滝澤先生と別れ、鎌倉には0時前に到着し今回の旅は無事終了した。

 

「終わりに」

今回の25便でもそうだが、福島県・宮城県での復興支援でも感じたことがある。それは、被災地の行政の実行スピードが速い点にある。現場レベルに決定権が委譲されていて、話がスムーズに進むケースが多い。また、行政職員の士気も高く、危機感を持って仕事をしている。災害が起こってからではなく、これらの点は支援する側が大いに学ぶべきだと感じた。そして、てらこやネットワークが夢のつばさプロジェクトに、なぜ協力することになったのかをご報告しておきたい。

昨年、私は東京 虎ノ門で地域教育についての講演の機会を頂いた。その時に白井氏という方が講演を聞いて下さっていた。白井氏はその後も私の復興支援活動を見ていて下さり、白井氏の知人である室伏先生が今回のプロジェクトを立ち上げるにあたり、私をご紹介いただいた事がキッカケとなっている。この場をお借りして、同行の機会を頂いた室伏教授、滝澤先生に感謝を申し上げると共に、白井氏に感謝を申し上げたい。
また、昨年は岩手県花巻市・北上市・宮城県大崎市で講演の機会があり、その時の東北でのご縁が今回の復興支援にも繋がっている。やはり、今後も講演依頼を積極的に受けていくべきだと判断している。

このように、様々なご縁が復興支援活動に繋がり、沢山の方々と出会う事が出来た。今後も新たな出会いが続くと予測している。復興支援に携わる多くの方々が感じ始めていると思うが、復興支援は誰の為でもなく、自分の為に行っていると強く感じるようになった。
今回の旅も岩手県庁の方々、釜石市役所の方々、桜蔭会岩手支部の方々、様々な方々に支えられ結果を残すことが出来た。心より感謝申し上げる。

最後に気になることが一点。それは、今回の赤沼氏の活躍を見て、室伏先生・滝澤先生が青年会議所に対し、過大評価をして頂いているようだ。何度も、普段はあまり役に立たない人たちなのだと申し上げたのだが、ついに誤解を解くことが出来なかった。追々、誤解を解いていくことにしようと考えている。

2011年6月24日
湯澤 大地